2月25日・3月8日、板橋区役所にて「大学100周年記念事業 特別座談会」が開催された。新型コロナウイルスの感染拡大を受けて中止となった「板橋区書き初め大会in 大東文化大学」に代わる催しで、板橋区長の坂本健氏や板橋区教育委員会教育長の中川修一氏、板橋区観光大使の杉浦太陽氏が参加。本学学長と書道研究所所長を交えて、板橋区のまちづくりや教育、書道の奥深さについて意見を交わした。
2月25日開催 特別座談会①
〈参加者〉※右から敬称略
杉浦太陽(俳優・タレント・板橋区観光大使)
内藤二郎(大東文化大学 学長)
坂本 健(板橋区長)
高木厚人(大東文化大学 書道研究所所長)
坂本区長にお聞きします。板橋区とはどのようなまちですか?
坂本区長:板橋区は、江戸時代から続く「中山道」と「川越街道」の2つの街道を中心に文化が醸成されたまちです。江戸時代には宿場町が整備され、現在の区内本町、仲宿、板橋あたりに「板橋宿」が置かれました。こうした歴史的背景もあって、外から来た人たちを快く受け入れる風土が根づいています。
杉浦さん:板橋区に住んで10年以上経ちますが、区長が仰るとおり人懐っこい人が多い印象ですね。通っているジムでもおじいちゃんやおばあちゃんからよく声をかけられます。
内藤学長:天体望遠鏡の専門メーカー「高橋製作所」も拠点を置いていますし、製造業も盛んなまちですよね。
坂本区長:そうですね。明治政府が区内にある「加賀藩下屋敷」跡地に火薬工場を設けたことをきっかけに、加賀、板橋地域を中心に工業用地が展開しました。いまでは光学・精密機器産業、印刷業、鉄鋼業といった、ものづくりに関わる企業が集まっています。
板橋区観光大使の杉浦さんに、区長からおすすめしたいスポットはありますか?
坂本区長:昨年3月にリニューアルオープンした「板橋区立中央図書館」はいかがでしょうか? 併設する「いたばしボローニャ絵本館」は約3万冊の絵本を所蔵しており、お子さま連れの方にもおすすめですよ。
杉浦さん:オフの日は家族とよく出かけるので、今度改めて行ってみます。僕のお気に入りは「熱帯環境植物館」。熱帯地域を再現した植物園で、水族館まで併設している。「こんな都会にジャングルが!」と、驚かされました。
内藤学長:一般見学を受け入れている工場、企業もありますよね。ものづくりの現場に触れる機会があるのは、板橋区ならではです。
1月23日に予定していた書き初め大会の狙いを教えてください。
高木所長:文字を書く機会が減っているいまの子どもたちに「書」の魅力、奥深さに触れてもらうため。本来であれば、区内の小中学校に通う生徒300人が招かれる予定でした。
内藤学長:「漢学振興」を掲げて創設された本学は、やがて「書」がブランドのひとつになりました。学生たちが毛筆を使ってノートテイキングしていた時代もあったほどです。書き初め大会は周年事業として、まさにうってつけの企画だったのです。
高木所長:「書」とは芸術表現であり、コミュニケーションツールでもあります。講師から指導を受けたり、友達同士で切磋琢磨するうちに絆が育まれていくわけです。
杉浦さん:うちも新年の書き初め大会は家族団らんの場になっています。親子の作品を並べて品評会をすると盛り上がります。僕は書道用紙のサイズを気にして慎重に書くのですが、妻はダイナミックな筆の運びで対照的。書く人の性格が現れる点も興味深いです。
高木所長:仰るとおり、お手本どおりに書けばいい、というわけではないのが奥深いところ。字のクセからにじみ出る人柄も作品の“味”になります。
坂本区長:作品が評価されると、自分自身が褒められたような気がするのはそのせいでしょうね。書道を通じて、子どもたちの自己肯定感も高められそうです。
杉浦さん:それを思うと大会の中止が悔やまれます。300人が一堂に会して筆を走らせる光景は、壮観だったでしょうね。来年こそは、ぜひ実現していただきたいです。
今回の書き初め大会のように、板橋区と大東文化大学とで取り組んでいる連携事業を教えてください。
内藤学長:代表的なものでいうと、2000年に設立された「地域デザインフォーラム」があります。これは、区職員と本学教員などが知見を分かち合い、さまざまな課題を取り上げ、テーマを設定して共同研究を行うものです。これまでに、定住外国人をめぐる多文化社会との向き合い方や少子高齢化による空き家問題の打開策などを調査・研究しました。
坂本区長:高島平エリアの開発事業「アーバンデザインセンター高島平」(UDCTak)には、大東文化大学社会学部社会学科の飯塚裕介先生がディレクターとして参画してもらっています。エリアの中枢となる高島平団地に住む方々の防災意識を高めるために、防災ボードゲーム「ご近所さん安否確認ゲーム」を開発していただきました。
内藤学長:これらは事例のごく一部です。大学とは、学生や教員だけで成り立つものではありません。地域や行政と有機的に連携し続けてきた結果が、大東文化大学の今につながっています。
高木所長:本学としても、地域の方々の意見を取り入れた行事や企画などをもっと増やしていきたいですね。
坂本区長:地道な活動の積み重ねが、区の掲げる「東京で一番住みたくなるまち」の礎になります。みなさんと文化を育み、若い世代が理想の人生設計を描けるまちにしていきたいです。
杉浦さん:僕が知るだけでも街並みはどんどん変化している。区民として、まちのさらなる進化を期待しています!
3月8日開催 特別座談会②
〈参加者〉※右から敬称略
杉浦太陽(俳優・タレント・板橋区観光大使)
中川修一(板橋区教育委員会教育長)
高木厚人(大東文化大学 書道研究所所長)
内藤二郎(大東文化大学 学長)
はじめに教育委員会の役割についてお聞かせください。
中川教育長:教育委員会は各市区町村に置かれている組織で、学校教育や文化・スポーツなどの社会教育に関する事務を執り行っています。例えば、学校教育の領域でいうなら、小中学校の校舎の管理や教員の人事、教科書の選定などが委員会の仕事。つまり子どもたちが安心・安全に、かつ楽しく学べる学び舎を整えているわけです。
杉浦さん:うちの子たちは区内の小中学校に通っているので、教育委員会がどのようなビジョンを打ち出しているのか気になります。
杉浦さんは、どのような教育方針をお持ちなのでしょうか。
杉浦さん:大切にしているのは「子どもの長所を伸ばす」こと。例えばテストの結果が算数80点、社会が50点だとします。このとき、社会の点数の低さを指摘するのではなく、算数の結果を徹底的に褒めてあげる。すると、もっといい点をとろうと子どももやる気になりますよね。苦手な教科を無理強いすると逆効果になりかねません。
中川教育長:大変示唆に富んだご意見です。学校教育というのは、長所よりも短所を伸ばそうとする傾向にあります。
杉浦さん:好きな教科なら勉強も苦にならないし、それが将来の仕事につながるようならこれ以上幸せなことはありません。
高木所長:「褒める」といえば、私の講義を履修している、ある学生の一言が印象に残っています。今年4年次を迎えた子で、学生生活の大半をコロナ禍で過ごしてきました。他者との接触が極端に減ったなか「私を褒めてくれたのは先生だけでした。とても励みになりました」というんです。私の言葉が心の支えになっていたのだと、感慨深く思いました。
コロナ禍では学生も不自由を強いられたのではないでしょうか。
内藤学長:本学では、2020年4月から、オンラインで講義を進めることになりました。慣れないことで、戸惑う場面も多々ありましたが、さまざまな発見もありました。オンデマンド方式について、学生から「好きな時間に受講できて助かる」「繰り返し復習ができる」などの声が挙がったのです。たしかに、オンデマンド学習なら忙しい学生でも効率的に学ぶことができます。
高木所長:書道の実技指導は、学生に課題を郵送してもらい添削しました。普段は、メールやSNSでのやりとりが当たり前になっているのでしょう。「封書でやりとりすることの喜びを知った」と感動する学生もいて、知られざる一面に触れることができました。
内藤学長:こうしたコロナの功罪がある一方で、課題も浮き彫りになっています。教員が直接指導する機会が減ってしまうので、講義外の予習・復習を学生の主体性に委ねるしかありません。しかし、与えられた課題をこなすことに慣れている学生のなかには、自主的に勉強できない子もいるようです。そういった学生をどのようにフォローしていくのかも、考えていかなくてはなりません。
杉浦さん:親の立場からすると、コロナ禍は学校の内情を垣間見るいい機会だったとも思います。休校中は、子どもたちに大量の宿題が出されました。国語、算数、理科、社会……と子どもたちの宿題を手伝うなかで、これだけのことを授業で教えるのはとても大変なことだぞ、と思いましたね。教員の方々が多忙といわれている理由がよくわかりました。
中川教育長:そこに目を向けた保護者の方も少なくないでしょう。以前より、小中学校の教員の長時間労働が課題になっています。授業の準備や課外活動に追われて、子どもたちと向き合えなくなっては本末転倒。質のいい学びを提供するためにも、いま一度、学校の在り方を見つめ直さなくてはなりませんね。
社会が目まぐるしく変容しているなか、大東文化大学は創立100周年という大きな節目を迎えようとしています。
杉浦さん:アフターコロナの逆境をどう乗り越えていくのか、いま社会全体が試されているのだと思います。大東文化大学さんもピンチをチャンスに変えて、これからの100年、200年先の繁栄をつかみ取ってほしいです。
中川教育長:6大学のキャンパスが集まる板橋区はいわば文教地区です。100年の歴史を誇る大東文化大学は、その文化の牽引役。培ってきた知見を活かして、今後も地域の発展を後押ししていただきたいです。
内藤学長:100周年事業は、学生にとっても本学を深く知るきっかけになるでしょう。我々は、新たなスタート地点に立とうとしています。「文化で社会をつなぐ大学」をスローガンに掲げ、これからも地域に寄り添い続けていきたいです。
※この取材は、新型コロナウイルス感染予防対策を施した上で行っております。
取材日:2022年2月25日、3月8日