卒業生・修了生の皆さんに贈る言葉
令和2年3月19日
大東文化大学
学長 門脇 廣文
学士の学位を取得し、今年卒業される皆さん、誠におめでとうございます。また、修士や博士の学位を取得し、大学院を修了される皆さん、誠におめでとうございます。大東文化大学の全教職員を代表して心からお祝いを申し上げます。
また、今日この日にいたるまでの長い年月、皆さんの成長を支えてこられた御家族、保護者の皆様には、そのご労苦に対して敬意を表するとともに、感謝の思いをお送りしたいと思います。本当にありがとうございました。
学位記授与式の中止について
本学は、3月19日に予定していた東京国際フォーラムでの学位記授与式(卒業・修了式)を中止し、式典終了後に板橋校舎で予定していた学位記(卒業・修了証書)の授与も取りやめ、学位記については個別に郵送することを決めました。学位記授与式は多くの方にとって生涯に一度しかないことなので、皆さんの無念の思いは如何ばかりかとお察し致します。このような決断をしなければならなかった我々も残念でなりません。
しかし、皆さんもご存じのように、この度の新型コロナウイルスは、私たち一人ひとりが主体となって感染拡大を防止する以外ありません。自分が感染しないよう細心の注意を払うことはもちろんですが、それよりも大事なのは、自分は決して感染源にはならないという自覚を持ち、感染源にならないための責任ある行動を具体的に行うことです。このような時こそ、自分を大切にし、他者を思いやる「恕(じょ)の心」(思いやりの心)を持って大東生らしく毅然とした態度で事に当たってほしいと願って已みません。
贈る言葉
さて、皆さんはいよいよ明日から社会へ旅立つわけですが、その門出に当たって、私から次の三つの言葉を贈りたいと思います。
1.「皆で遠くへ行こう!」
2.「傾聴」
3.「恕」
「皆で遠くへ行こう!」
アフリカの諺に次のようなものがあります。皆さんは聞いたことがあるでしょうか。
速く行きたいなら、一人で行きなさい。
でも、遠くへ行きたいのなら、皆で行きましょう!
一人で行ったとしたら、おそらく速く行くことができるでしょう。しかし、いくら速く行けたとしても、一人で行ける距離など高が知れています。しかし、もし皆で協力し助け合って行けば、あるいはゆっくりかも知れませんが、遙かに遠くにまで行くことが出来るのです。この諺はそのようなことを意味しています。
現代の様々な困難な課題は、一人の力だけではほとんど解決することができません。多様な人々が、それぞれの持ち味を活かし、皆で協力しなければ不可能です。そのためには、あなた方一人一人が「チームで働く力」を持たなければなりません。皆さんは、学生生活のさまざまな場面で、「チームで働くこと」の重要性を実感してきたことと思います。
昨年は、ラグビーのワールドカップで非常に盛り上がりましたが、12月に発表された新語・流行語大賞の年間大賞に、日本代表チームがスローガンに掲げていた「ONE TEAM」が選ばれました。これは、共通した一つの目標に向かって、多様な個性を持った人が一人ひとり力を合わせて一つのチーム(ONE TEAM)になって戦おうという意味です。背の高い人、低い人、太っている人、痩せている人、足の速い人、遅い人、年齢の高い人、低い人、それらの人々が、それぞれの個性や持ち味、長所を活かして、一つの目的のために助け合い、協力し合い、一つのチームになって戦おうという意味です。
大学から社会に踏み出すに当たって、もう一度、そのことをしっかりと意識してほしい、そのように願っています。これから新たな社会で出会う様々な人々と一つの「チーム」となって力を合わせてやっていけば、必ず、皆さんがいま予想しているよりも遙かに遠くまで歩いて行くことができるでしょう。
「皆で遠くへ行こう!」
これが、私から皆さんに贈る最初の言葉です。
人の話は「傾聴」しよう
さて、他の人々と力を合わせて一つのチームとなって働くために、最も重要なことは何だと思いますか。それは、チームのメンバー一人一人を尊重することです。人は、一人一人みんな違っています。様々な個性や、その人なりの持ち味を持っています。そのような人を一人一人理解し尊重すること、これがなくてはチームになりません。そして、そのために必要なことは、その人たちの言うことにしっかりと耳を傾けることすなわち「傾聴」することです。
「傾聴」とは、人の話をただ聞くことではありません。人の話に集中して、より丁寧に耳を傾けることです。他の人々と一つのチームとなるために必要なことは、「話す」ことよりも「聴く」ことです。プレゼンテーションの力を身につけることはもちろん大事なことですが、それよりもっと大事なのは「聴く」ことです。
聴くことは、簡単なように見えて、本当は非常に難しいことなのです。人は、他の人の話を聞いているように見えて、実は、自分が聞きたいことしか聞いていないものです。「傾聴」とは、そうではなく、話しているその人の気持ちに寄り添って相手が話したいこと、伝えたいことを、相手に共感して聴くことです。
これが、他の人々とチームになることの大前提です。社会に出たら、人の話に耳を傾けてしっかりと聴くこと、これを忘れないようにしてください。
「傾聴」
これが、私が皆さんに贈る二つ目の言葉です。
「恕」の心を大切に
私の専門は、中国の古典の研究ですので、その点から少しお話しさせていただきます。
今から2,500年ほど前の中国に孔子という人がいました。皆さんもご存じのことと思います。この人は、政治家であり、思想家であり、そして教育者でもありました。
孔子には3,000人もの弟子がいたと言われていますが、孔子やその弟子たちの言葉や行動を500余りの短い文章で記したものが『論語』という書物です。
この『論語』の中に次のような話があります。弟子の一人の子貢が孔子に訊ねました。「先生、生涯にわたってずっと大切にしなければならないもの、それを一言で言うと何でしょうか」と。そのとき孔子は、何と答えたと思いますか。
孔子は、「それは『恕』だね」と答えたのです。この「恕」という言葉は、冒頭で述べたように「思いやりの心」という意味です。孔子は、人が生涯にわたってずっと持ち続けなければならないのは「思いやりの心」だと言ったのです。
実は、孔子の言葉はそこで終わったのではありません。孔子はそれに続けて次のように言いました。「自分がしてほしくないことは、人にしないことだね」と。この言葉は、もちろん他の人への思いやりの気持ちを表したものですが、それだけではありません。大事なのは、その前にまず、自分自身への思いやりがあるということです。「自分がしてほしくないことは」という言葉には、自分自身への思いやりの気持ちが込められています。その上で、他の人を思いやっているのです。自分が自分自身を大切にしているように、他の人もそれぞれ自分を大切にしていることでしょう。だから、自分がやってほしくないことは、他の人にもしないようにしましょう。そのような思いを表しているのです。逆に言うと、自分を大切にする気持ちがなければ、他の人を大切にすることなどできないということです。ぜひ、この「恕」という言葉を心に刻んでください。
三つの贈る言葉
皆さんの晴れの門出に際して、私は、「皆で遠くへ行こう!」「傾聴」「恕」、この三つの言葉を皆さんにお贈りします。
最初に持つべきものは、「恕」(思いやりの心)です。まず心にこれを持ってください。次に、「傾聴」(相手の立場に立って人の話しに耳を傾けること)です。そして最後に様々な人と一つのチームとなって「皆で遠くへ行きましょう」。
卒業、修了しても「大東人」
卒業、修了しても、皆さんは永遠に「大東人」です。本学は、わが国や東洋の伝統文化を尊重することを目的として建学されました。そして、「伝統的なモラル」を修得した上で専門分野の知識を身につけ、国際的な視野を持ち、世界の文化の発展と人類の幸福の実現に貢献できる、そのような人材を育てること、それを教育の使命としてきました。
我々は、そのようにして育まれた本学の学生を「大東人」と呼び、そのような人の持っている力を「大東学士力」と呼んできました。大東文化大学は、大東人である皆さんが、卒業後も、いつでも戻って来ることのできる場所です。ふと学生時代のことを思い出したら、そのときは、いつでも戻って来てください。
卒業生の皆さんには「恕」の心を持つ人間として、さまざまな個性や持ち味を持っている多くの人々の話にしっかりと「耳を傾け」、それらの人々と一つの「チーム」となって、力を合わせて一つ一つ問題を解決していき、そのことによって自らを大きく成長させ、社会において思う存分に活躍されることを期待しています。
ご卒業、ご修了、誠におめでとうございます。