あなたは本を投げ捨てたり燃やしたくなったりしたことはありますか。こんにちは第3回目となるレポートを書いていきます経営学科の鳥井です。現在は12月で9ヶ月目となるアメリカ留学です。9ヶ月もいるとあまり変わったことはなくなってくるのですが、その中でも僕の生活を苦しめたのはリーディングの授業で出された読書の宿題でした。今回のレポートではそんな留学生のリアルな苦悩をご紹介します。
こんな本ぶん投げてやろうか
何度そう感じたことでしょうか、私は毎日10ページを目安に読書をすることを課されました。ざっと読めば10ページなんて簡単と思う方もいるかもしれませんが、授業中にその内容についてディスカッションをするのでしっかりと読み込まなくてはなりません。加えて、その本にはたくさんの英語のスラングが使われていて、時には1ページを30分かかっても読めない時もありました。そして、1日でも読書を怠ると次の日には怠けた分も重なりどんどん宿題の量が増えていきました。初めのうちは10ページが読み切れずに徹夜する日も少なくありませんでした。
ストレスが半端ではなかったです。読書をやめて他のことをしても頭の隅には宿題のことがあり存分に楽しめません。何度もその本を投げてやろうかと思いました。目の前に高すぎる壁があるような感覚を覚えました。あなたは最近そのような感覚を味わいましたか。
今期の授業の最大の敵はその読書の宿題のみでした。自分はこの宿題を経てわかったことがあります。多すぎる宿題はむしろ逆効果だということです。調べてみるとそういった研究結果もあるらしく、確かにと思い当たるふしもいくつかあります。まず宿題にかける時間が多いということはそのまま自由時間がなくなっていくということです。人間どこかでリフレッシュをしなくては次の日の活動にも影響が出てきます。日本の長時間労働の問題もこういうことが関係しているのかとふと思いました。あれだけ長い時間働いて生産性が他の国よりも低いのは遊びの時間が無いためです。
そんなこんなで私は無理に読書をすることをやめました。時間を決めてその間だけは他のことを一切しない時間を作ることで半分くらいはその宿題を無理なくこなせるようになりました。
<アメリカの教育の仕方>
おまけ要素として書いていこうと思うのですが、こちらの授業では生徒の答えを否定しないんだなと感じました。もちろん数学などのような答えの決まっているものには当てはまりませんが、答えのないものに対しては、生徒が少しずれていることを答えたとしても「それは違うよ」とは言いません。今まで私が受けてきた日本の授業などは答えがずれていると軌道修正されたりその答えがそのまま否定されたりしていたのを思い出しました。こういったことから、日本の教育は先生に従うこと、正しい答えがわかるまでは回答しづらいことなどが生徒に染み付いているのではないかと思いました。アメリカの授業を受けている時では否定されないので「答えがずれていてもいいから発言しよう」と、どんどんチャレンジする姿勢が生徒に染み付いていくのかなと感じました。また、褒める文化というのも相まって答えが正解すると自分では大したことないと思っていることでも褒めてくれます。褒められると人はやる気が出るものでまた挑戦しようという姿勢になります。日本の教育にはいいところももちろんあります、問題に対する解の正確性が上がるなどです、ただその分自由さに欠けるとも思います。どんなことにもメリットデメリットあるのでこれは仕方のないことですが、日本とアメリカ両方の教育を経験した自分は双方の良いとこ取りができるので良かったです。
今回の写真はハロウィンに関するものです。