総括
2007年度後期「高校生のためのアジア理解講座」を振り返って
「高校生のためのアジア理解講座」は、本学部が開設以来進めてきたアジア地域に関する研究と教育の成果を、高校生を中心とする一般の人たちに還元するために実施しているもので、2007年前期に引き続いて、これが2回目である。今回は10月から11月にかけての土曜日の午後、本学部の専任教員が4回の講義を行なった。テーマは、「韓国社会と儒教」「ベトナムにおけるドイモイ政策と文学」「インドの魅力」「イスラームと政治の関係」である。いずれの回とも、最新の研究成果がビデオや写真などをまじえて披露され、参加者との活発な議論が行なわれた。
来年度も同様の講座を予定している。また、本講座から得られたものは、学部の「アジア理解教育の総合的取り組み」にも活かしていきたいと考えている。
参加者数 計35名(高校生7名、一般21名、学校関係者7名)
1.「韓国社会と儒教」
国際文化学科准教授 古川宣子
近年、「韓流」など韓国の文化・社会についての関心が高まっており、多くの日本人が韓国を旅行し、また韓国映画やドラマを楽しみ、その人気度は高い。しかし、韓国人のもっている価値観や社会の構成原理などについては、まだ日本でよく知られていないと思われる。
本講座では、韓国人の最も基本的な価値観になっている儒教的な考え方とその教え(「考」)と深く結びついて構成されている親族関係・祖先祭祀のあり方などをビデオも利用しながら紹介した。また、そのほか、「男女有別」「長幼の序」などの考え方が実際の社会現象としてどのように現れているかなどについて説明し、日本社会との違いに言及した。
ただし、現在韓国では、高い離婚率や整形手術率など、儒教的な身体的価値観や家族間と矛盾するような現象が急激に広がっていることも事実である。近年の「国際化」で、儒教的価値観を再評価しようとする動きと共にその「揺らぎ」とも考えられる現象を含めて、韓国の今後が注目される。
当日は、台風接近の悪天候にもかかわらず、高校生・社会人の方が参加され、熱心に聴講された。
2.「ベトナムにおけるドイモイ政策と文学」
国際文化学科准教授 加藤栄
1.ベトナムとはどんな国か
・ベトナムの地理的位置
・中国の文化的影響
2.ベトナム言語と文字
・タイ語、カンボジア語と同じ系統のモン・クメール系の言語。単音節で6つの声調。
・中国語との強い結びつき(漢語に由来する言葉=漢越語が文化語彙の6、7割を占める)。
・ベトナムの民族文学「字喃」
・非識字一掃運動と「国語」字
3.文学の創作をめぐる環境
・文学者の社会的地位:科挙制度と文学
・政治指導者と文学
・近代文学の作家たち
・社会主義国家建設、ベトナム戦争と文学
・ドイモイ製作が文学に与えた影響:国家補助金の廃止、創作の自由の拡大
・出版活動への「私人」の参入
・なお残る出版禁止事項
4.ドイモイ後の作品
・ベトナム戦争をテーマにした作品:勝者の苦悩/バオ・ニン「戦争の悲しみ」、グエンチー・フアン「ツバメ飛ぶ」
・女性作家の作品:日常性の奥深くへ/グエン・ティ・トゥー・フエ「魔術師」
・児童文学:愛に生きる人間/グエン・ニャット・アィン「つぶらな瞳」
3.「インドの魅力―体験的インド論―」
国際関係学科教授 篠田隆
インドの魅力は「多様性のなかでの共存」にあることを、現地での体験談に基づき説明した。「多様性」や「共存」のありようを、できるだけわかりやすく伝えるために、衣食住などの基層文化を中心に話した。写真やビデオ映像も活用した。また、現地体験は、自分自身の身体、感情、思考に染み付いた日本文化そのものを再考する最良の機会になったことにも触れた。高校生のほかに社会人も聴講してくれ、楽しいひと時を過ごすことができた。
以下レジュメ
1.日本人のインド観の変遷
1.天竺(てんじく)―粟散国(ぞくさんこく):6世紀に伝来
2.植民地、発展途上国インド:19世紀〜
3.悠久のインド:1970年代〜
4.IT王国インド:1990年代〜
2.自己を映し出す鏡としてのインド
1.インドとの出会い―旅行
2.体に染み付いた文化(食事、風呂、便所)
3.鏡にうつる日本の文化、社会
3.インドの魅力
1.多様性と寛容性
1.衣食住―地域差、カースト差、階級差
2.多民族多言語多宗教
3.外来民族宗教勢力の受け入れ
2.濃密な家族関係
3.豊かな社会生活
4.優秀、多様な人的資源
4.最近のインドの変化
1.グローバル化
1.情報、技術、資本
2.消費主義
2.エネルギー転換―機械化、電力化
1.労働の変化、軽減
2.労働観の変化
3.価値観、世界観
1.時間の概念
2.家族観
3.価値観、世界観の平準化
4.「イスラームと政治の関係」
国際関係学科准教授 松本弘
イスラーム主義(いわゆるイスラム原理主義)は、民族主義や資本主義などと同等とまではいかないまでも、それに近い広がりと多様性、深度を持つ非常に大きな問題であり、容易に一般化はできない。現在は、多くの研究者が個別的な諸事例におけるイスラーム主義を分析・考察し、それらの間の重なりや共通項を見出そうと努めている最中にあるといえよう。
そこで本講演では、エジプトを中心としたアラブ世界における1970年代以降の展開を追うことにより、政権とイスラーム勢力という視点から見たイスラーム主義の一側面の開設を試みた。本講座の他の講演者と違い、ビジュアルなものを用いず、レジュメと版所だけのガチガチの硬い話しとなったが、参加者の反応を見る限り、テーマによっては硬い話しも、参加者の関心に十分応えられるのではないかと思う。
講演の内容は、まず政権が特定の政治的目的のためのイスラーム勢力を利用したことに始まる、政権とイスラーム勢力との「蜜月」関係が、短期間のうちに武力衝突という対立関係に代わっていく展開を解説した。次に、イスラーム勢力の一部(過激派)が過度の暴力に走ることにより国内で孤立を深め、海外に移ってアフガニスタンのビンラーディンと結び付いていく展開を解説し、過激派が「国際派」と呼ばれる存在に変質する要因や状況を指摘した。参加者もやはり過激派の問題に関心が強く、講演後の質疑応答でもその動向に関わる議論が多く行われた。