キャリア講座に「問題解決学Ⅰ」という課題解決型(PBL=Project Based Learning)の授業が開講されています。企業に課題をご提示いただき(課題出し)、学生がグループワークによりその解決に取り組む授業です。企業への中間報告を行い、企業からのフィードバックをうけて、喧々諤々の議論の中で、提案の練り直しが繰りかえされます。
「問題解決学Ⅰ」は、2016年度の「問題解決学入門」(「大学生のための県内企業魅力発見プロジェクト」)でPBLの基礎を学んだ学生のみを対象とするいわば「中級編」。ところが、受講者は4名。担当教員も開講を躊躇しましたが、4名の2年生の熱意と意欲に圧倒されて、少々の不安を抱えながらも4名1グループ体制でスタートすることになりました。
4月28日の課題出しから7月7日の最終提案までのようすをレポートします。
課題出し(4月28日)
4月28日、課題出しが行われました。課題出しをご担当いただくのは、株式会社エービーシーエデュケーション・株式会社エービーシ商会・人材開発チームの井坂洋子氏です。
天井材や壁材、床材等の多様な商品の映像が写しだされ「建築資材の専門商社」「建築資材のデパート」としての「エービーシー商会」の事業が説明されます。「エービーシー商会の商品の上を歩いたことのない人はいない」。納得ですね。
次は「ABCを語る5つのキーワード」。「よいものは世界から。ないものはつくる」。300アイテム10,000種類以上の建築資材を扱っているそうです。「仕事の成果がカタチとなって残る」。“建築業界”に携わる企業や人の「役割分担」が、具体的な企業名とともにわかりやすく説明されるなかで「仕事がカタチになる」ことの意味がよく理解できます。
「品質はゆずらない」を標榜し、常に高品質、本物だけを志向するエービーシー商会。そうした企業を支える社員の働きぶりや社風を堂々と語る井坂氏。その語り口には、自社への誇りと自信が漲っているようにも感じられました。まさに「社員こそ宝の山」「Think original」を地で行く企業ということでしょう。
課題の提示
課題は「学生の心を摑む『新卒採用ホームページ』を提案せよ」というもの。もとめられているのは、エービーシー商会への志望度を高めるだけの狭義のリクルーティングサイトではなく、長期的に企業のブランド価値の向上に繋がるようなサイトです。
検討に際しては、企業理解、業界理解、仕事理解に関して、詳細な条件が付されています。業界理解については「なにもないところから、街や時代を生み出す建築業界」が、そして、仕事理解では「総合職としての働き方の理解」「泥臭い、だけど仕事の成果をカタチに残せる仕事」が、それぞれ「伝えたいメッセージ」として提示されました。
参考資料として、『Think original』(会社案内)や『建材総合カタログ』等の有益な情報をご提供いただきました。
課題提示の後、学生からは「輸出の割合は?」「自社イベントの参加者数の目標は?」「ターゲットは文系の学生が中心ですか、理系ですか?」「女性でも続けられる仕事ですか?」「ゼネコンがエービーシー商会の商品を高く評価している映像などはありますか?」等々、課題をめぐるいくつかの質問がなされました。
中間報告(6月2日)
翌週の授業では「学生の心を掴む」に着眼、「心を掴まれた状態って?」「学生がどのような行動を起こせば心を掴んだことになるのか?」等のトピックで、ブレイン・ストーミングを繰り返しました。結局のところ「エービーシー商会に興味をもってエントリーしたくなる」ということに落ち着いたのですが、“談論風発”“言いたい放題”のディスカッションでは、ホームページの作成につながる有益なヒントを得ることができたようです。
エントリーしたくなるHPの8条件とブランド価値の5要素
「わかりやすいHP」を絶対条件とした上で、さまざまなアイディアを「エービーシー商会にエントリーしたくなるHP」と「学生の就活の話題に上る魅力的なHP」の2本の柱にまとめ、それぞれの条件を「大学2年生の本音の視点」で検討しました。その結果が「志望度を上げるHPの8つの条件」です。すなわち「社風のよさ」「仕事のかっこよさ」「入社後の自分を想像できる情報がある」「会社が提供できるもの」「成長できる環境がある」「魅力的な業績評価」「業界の実力」「何度も見たくなるHPの条件」(「お役立ち情報」「意欲を喚起する情報」)。
それだけではありません。企業のブランド価値を向上させることも「課題」の一つです。「人の心に残るブランド」の“PPASP”(Positioning/ personality/association/story/promise)を参考に「大学生の心を掴む企業ブランド価値の要素」を「安心感」「信頼感」「親近感」「ワクワク感」「スマート感」の5つに絞りました。
次なる課題は「8条件と5要素」をどのようにBreak down するか。「社風のよさ」に関して言えば「『社風のよさ』はどんな要素によって表出されるのか?」。「歴史」「社内の雰囲気」「求める人物像」「人間関係」「定着率」が要素だとなれば、次に「その5要素を、具体的なコンテンツにどう落とし込めばいいか?」を考えます。この作業を「8条件と5要素」のすべてについて行うわけですが、中間報告までにはとても間に合わず、具体的なコンテンツの提案は最終報告に持ち越しとなりました。
6月2日に、中間報告が行われました。株式会社エービーシー商会からは、課題出しを担当された井坂洋子氏のほか、宣伝部Web企画課の森﨑敬介課長にもお越しいただき、ご指導いただくことができました。
井坂氏と森﨑課長からは、最終提案に向けて、概ね次のような指示がありました。もっと言葉にこだわってもらいたい。「エービーシーが言いたい言葉」と「学生が知りたい言葉」が乖離していればどんなHPを作っても学生の心を掴むことはできない。学生の企業への希望や期待を汲むことのできる「学生にとって魅力ある言葉」を捻出してもらいたい。
最終報告(7月7日)
2017年7月7日。早くも梅雨明けを思わせるような炎天。最高気温35度超の真夏日です。エービーシー商会の井坂洋子氏と森﨑課長を前に、4名の学生が最終報告を行いました。
中間報告で提起した「エントリーしたくなるHPの8条件とブランド価値の5要素」は、「社風の象徴としての『求める行動スタイル』」や「入社後の自分を想像できる情報」等、7本の柱に集約され、それぞれのコンテンツに反映してもらいたい情報が発表されました。
『会社案内』に掲載されている「求める人物像」の内容はわかりにくい!「人物像」という表現も少し古めかしい感じがするので見直しが必要。学生が「人物像」を「行動スタイル」と言い換え提案したのは、ずばり「ABC的行動スタイル=TVCI」。「粘り」「協調性」「自分流」。しかも、それぞれにエービーシーの色を加味するという注文付きです。
「入社後の自分を想像できる情報」では、男女別、部署別の生涯モデルをビジュアル化すること、「努力が報われる会社」では、本当に「がんばりが報われる」ことを具体的かつ説得的に示すこと、そして「成長できる環境」には、各部署3名程度の「スーパールーキー」の体験談を掲載することが提案されました。
「就活の話題になるHP」。「エービーシー・エデュケーション」という他社にはない『強み』を活かし「業界に関係なく就活に役立つ情報」を提供し、さらに、就活生の意欲を喚起するような動画の発信も提言されました。
中間報告にあった「かっこよさ」という条件。これは、フロントページで集中的に表現することに。こだわったのは「背景とキャッチコピー」です。学生たちの調べによれば、就活生の評価が高い求人サイト上のキャッチコピーの特徴は「会社がどれだけ社会や人々の生活に貢献しているかが、はっきりと表現されていること」。この観点からすると「エービーシー商会の商品の上を歩いたことのない人はいない。」や「Think original」はどうなのだろうか? ふと『会社案内』の片隅に見つけた「都市の立役者」という言葉。「広大な建物、華やかな空間を支える陰の立役者、それがエービーシー商会。」「こっちのほうがいいかも」と「都市の立役者」論に傾きながらも、最終的にたどり着いたキャッチコピーは「空間に彩(または、アクセント)を、営みに明るさを」。『会社案内』の文章から着想を得たそうです。さらに「街に残る仕事」も、少しスタティックな感じがするので「街を活かす仕事」ともっとアクティブに!
「おまけ」として「SNSにチャレンジ」を提言。エービーシーの商品にはインスタ映えする商品が多い。もっと一般向けに発信しては。他社の具体例とともに、タイルや壁材をHPデザインに活用することが提案されました。
井坂氏と森﨑課長には、20分にわたる最終報告を、頷きながら熱心に聴いていただきました。議論の中心になったのは「求める人物像」。「人物像がわかりにくい。古めかしい」という学生の指摘に「どんなところが古臭く感じるのか、具体的に教えて欲しい」と森﨑課長。「そもそも、学生のうちに『将来や人生に、明確な“目的・答え”を持っている人』がいるのでしょうか?」「『人物像』という言葉が「特定の型に嵌った人間」を連想させるような気がします」と学生。
『会社案内』の最後の2ページには、魅力的なHPの多くのヒントがあり、もっとも参考になったようです。「社員の率直かつ正直な声で構成されているからかもしれない」と森﨑課長。「社員の声」が最大の広報資源といってもいいのかもしれません。まさに「社員こそ宝の山」。井坂氏が、課題出しの際に「ABCを語る5つのキーワード」の一つとして強調されていたことを思いだしました。
報告会の終了後、エービーシー商会が導入を検討中の採用HPの構想を見せていただきました。プロの提案のクオリティの高さに圧倒されている学生に「ビジュアルを離れてよく見れば、みなさんの報告にもプロにひけをとらない視点があります。自信をもってください。」「今日のプレゼンのことを、社員の集まりで話題にしたいと思います」「みなさんの提案は、今後、広報や採用のさまざまな場面で参考にさせてもらいます」等々。井坂氏と森﨑課長の笑顔と温かい労いの言葉に、4人の学生は大いに励まされたように見えました。
まとめ
「自分が就職する会社を選ぶとき、もっとも知りたい情報はなにか?」「その情報がどんなふうに表現されていたら好感をもつだろうか?」「一回だけでなく、ときどき、あるいは何度も見たくなるページに共通する特徴はなんだろう?」-就職活動を1年半後に控えた2年次生4名。2ヶ月間の議論の最大の収穫は、端的に「企業選びの視点」を自覚できたことではないでしょうか。
エービーシー商会の『会社案内』を「解読」しながら、そこに感じた「違和感」。この「違和感」に徹底的にこだわり、考え抜き、自分たちの感覚にあったやり方を提言できたトピックもありました。けれども、ほとんどは「違和感」や「わかりにくさ」を指摘するにとどまり、その解決に向けた建設的な意見に繋げることができませんでした。
拡散思考と収束思考は、問題解決の車の両輪。収束なき拡散は混乱をもたらし、十分な拡散なき収束は既成観念の追認にすぎず、どちらも現実を理想に近づける施策を導くことはできません。
反省点として、中間報告で提起した「エントリーしたくなるHPの8条件とブランド価値の5要素」の“break down”作業をやり遂げることができなかったことがあげられます。「持久力(粘り)」と「チームワーク」の限界です。「ABC的行動スタイル」として提言した「粘り」と「協調性」。2ヶ月の自分の行動を振り返り、4名の学生たちにも肝に銘じてもらいたいものです。
謝辞
井坂洋子主任には、「問題解決学Ⅰ」の趣旨をご理解いただき、課題の準備段階から最終提案まで、熱心にご支援いただきました。森﨑敬介課長には中間報告と最終提案で、学生の問題解決をご指導いただきました。「現実に解決を迫られている生の問題であること(授業のためにつくられた架空の問題ではないこと)」がPBLの課題の条件であるとすれば、エービーシー商会の採用HPの提案は、まさしくPBLの実践にふさわしい恰好の「課題」だったと思います。真摯なご協力に深く感謝いたします。ありがとうございました。(国際関係学部長・新里孝一)